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札幌家庭裁判所 昭和39年(少イ)11号 判決

被告人 中島直之

主文

被告人を懲役一年に処する。

ただし、この裁判確定の日から五年間、右刑の執行を猶予する。

被告人を右の猶予期間中保護観察に付する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

一、罪となるべき事実

被告人は昭和三九年三月二〇日頃より、同年六月二三日頃までの間、札幌市南六条西九丁目「藤井アパート」二階の被告人居室六畳間において

1  ○手○弘(昭和二一年一〇月八日生)に対し前後五回に亘り

2  ○畑○昭(同二二年三月二日生)に対し前後一七回に亘り

3  ○木○次(同二一年九月二五日生)に対し前後五回に亘り

前記三名がいずれも満一八歳未満の児童であることを知りながら、不特定の客である和田達郎ほか四名を相手方として、いわゆる男色行為をさせて、もつてそれぞれ児童に淫行をさせたものである。

一、証拠の標目

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の司法警察員および検察官に対する供述調書各二通

一、○手○弘、○畑○昭、○木○次の検察官に対する各供述調書

一、○手○弘、○畑○昭、○木○次、谷口勝雄、和田達郎、寺田信保の司法巡査に対する各供述調書

一、島田喜継の司法警察員に対する供述調書

一、札幌郡広島村長作成の○手○弘に関する身上調査照会回答書

一、茅部郡森町長作成の○畑○昭に関する身上調査照会回答書

一、千歳郡恵庭町長作成の○木○次に関する身上調査照会回答書

一、確定裁判の存在

被告人は昭和三九年九月一八日札幌地方裁判所において恐喝未遂罪により懲役一年六月執行猶予五年の判決に処せられ、この裁判は確定した。右事実は右判決写によつて、これを認めることができる。

一、法律の適用

法律に照すと、被告人の判示の各所為は、いずれも児童福祉法第三四条第一項第六号、第六〇条第一項に該当する。しかして、判示の各罪と、前掲の確定裁判を受けた罪とは刑法第四五条後段の併合罪の関係にあるから同法五〇条により、まだ裁判を経ていない判示の各罪につき、さらに処断することにし、判示の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条により最も重いと認められる判示2の○畑○昭に対する児童福祉法違反の罪に法定の加重をした刑期の範囲内において被告人を懲役一年に処すべきところ、前掲各証拠、鑑定人林有(家庭裁判所調査官)作成の鑑定書および当公判廷において取り調べたその余の各証拠に照して、本件犯罪の情状について考えてみると、被告人は、同性愛の性癖を有し、ここ数年前より札幌市において芸友会なる同性愛者の組織を結成し、その会長として社会的批難を感じつつも、同性愛者の交遊、斡旋等にあたり、さらに本件においては一八歳に満たない少年らをアルバイトと称して、たくみに使そうして、これら同性愛者の奇行の犠牲に供していたこと、このため同少年らは、いずれも学業なかばにして学校から放逐され、青春の日の夢は破れ、その人生にぬぐい難い汚点を止め将来を誤らしめたこと、被告人の同性愛傾向は環境的負因によるものとはいえ、生来の身体的欠陥も手伝つて、形成されたもので、この性癖に対しては、今日まで呵責性が認められなかつたこと等の事実が認められ、これらの諸点を考えると、被告人の本件犯行は、まことに非常識な所為といわざるを得ず、道義的にも社会的にも強く非難すべき行為であるといわなければならない。しかし、その反面(1)被告人の同性愛傾向は、過去の妻の裏切り行為によつて急激に拍車がかけられ、その後つづく女性への絶望感、不信感によつてさらに促進され、今日に至つたもので、被告人のこれまでの半生には、同情きくすべきものがあること、(2)被告人の性格は社会性に乏しく孤立的、閉鎖的で、困難克服に対する積極性にも欠けるところがあるが、精神状態は正常、素質的に異常な性格偏奇は認められず知的水準も普通域で、常識的判断もあり、反省力も十分そなわつているうえ、欲求に対しても、かなりの抑制力があつて、欲望をそのまま行動にうつすような傾向性は認められず、また、あたえられた場面では、生来の真面目さとねばり強さをもつて今日まで社会に適応した生活を続けてきたことが認められ、これらの性格に徴すると、将来衝動的に犯罪を犯す虞は少く、また犯罪への親和性も乏しいものと認められること、(3)前掲の確定裁判のあつた恐喝未遂事件も本件と関連のある事犯であつて、当時本件犯罪も同じく発覚し、捜査がなされていたものであるが、裁判権の分掌により起訴された裁判所を異にしたため同時審判を受けることができず綜合的な刑罰評価をうけ得なかつたこと、(4)被告人は今回本件等の事件の検挙によりはじめて覚醒し、目下養護施設に収容中の愛児に思い致し、子供の将来のためにも、この機会に更生し手職である洋服仕立業によつて再起を期すべく誓つており、これに対しては物心両面にわたり協力支援をおしまない友人の存在があつて、社会的予後が明るいこと等の諸事実が認められ、これらの事情について考慮を払うならば、この際、この種の特殊の罪につき、被告人に実刑を科し、れいごに呻吟させるより、むしろ、社会にあつて、その所を得て活動せしむることこそ、被告人の更生を図り、ひいては被告人をして社会に対し応分の寄与をなさしめることとなつて、その当を得たものと思考されるので、刑の執行を猶予するを相当と認め、刑法第二五条第一項を適用し、この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、同法第二五条の二、第一項前段により右の猶予期間中、被告人を保護観察に付する。なお訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、全部被告人に負担せしめる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 中利太郎)

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